5−3 仮名遣い(かなづかい)

では、「かなづかい」はどうだったのでしょうか。1946年までは、「旧(歴史的)かなづかい」でしたが、その間に何か変化はあったのでしょうか。次の文章を読んでみてください。

image053京都市学校歴史博物館展示

「棒引がな」表示では、例えば「学校」をひらがなで書いた場合、「がっこー」と表示されます。これには、どんな利点があると思いますか。

「棒かな」は8年間しか用いられなかったわけですが、国立国会図書館第150回常設展示「近代日本と『国語』(https://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/tmp/150.pdf)のコラム (p.6) におもしろいエピソードが紹介されています。この表記法改定と1946年の新かなづかいへの改訂の両方を経験した作家の江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)氏は、「新(現代)かなづかい」の時代になってからも5年間は「旧(歴史的)かなづかい」で小説を書いていたそうです。以下、江戸川乱歩の講演を書いた文章からの抜粋をそのまま紹介します。

『 小説家の中にはがんこなものも多く、旧カナづかいで書いている者がだいぶありました。当時は漢字制限にも従っておりませんでした。これでは日本の小説が書けないというのでがんこにしておりました。しかし、現在は非常に少数になりました。現在ではもう新カナ、制限漢字は小説家においても実行されている。私は5年間使わなかった。というのは、わたしのこどもの時分に小笠原文部大臣という方がおりまして、非常に進んだ人で、全然発音のとおりにカナづかいを書かしたことがあります。長音符は棒にした。ワとか、ヘとか、ヲというのをやはり発音どおり書かした。小学校でこれを1年間習ったわけです。ところが1年で内閣がつぶれて、また元にもどった。駅の標示版なども全部書きかえたのをまた塗り直した。これにこりておりますので、こういうこともあってはばかばかしい。5年間待っておりまして見ておりますと、もうこれは確定して、落ち着いてしまって、再び旧に帰ることはないと思いましたので、5年後に新カナづかい、漢字制度に従うことにいたしました。ただし、制限漢字以外のものもやはり出てきて、現実には従っておりません。まだ使うこともあります。』

(著 江戸川乱歩『ひとつの世界 ひとつの文字』ことばの教育21−7(通号114)1959年 p.4 より抜粋)

 

現在も、旧かなづかいで発行されている新聞があります。

http://www.jinja.co.jp/kana.html